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2002年8月16日

第10回『夏に聞いた悲しい知らせ』

暑い毎日ですね。
僕が子供の時分は30℃を越える日というのは8月の内の数えるほどだったはずなのですが、ここ数年のこの状況はなんなのでしょう。大体にして5月の半ばを過ぎる頃はもうすでに夏日の様な状態ですし、今年は台風も早い時期から3っつも4っつも上陸して来るし。なんだか日本の気候は、というか自然界は世界的におかしなことになってきてしまっているのでしょうなぁ。まぁあそれはそれで、ここのところ急にバンド活動等が忙しくなってしまい、毎度毎度の不定期更新ですいません。

さて、今回は2人のベーシストについて書こうかと。
一人目は60年代に登場し、激しいステージアクションの他メンバーを尻目に半分眠った様な表情で異様な早弾きと派手なサウンドを聞かせておりました。もともとそのバンド自体は当時のモッズ・ムーヴメントとあいまっての鼻のでかいリーダーの斜に構えた言動やイカシタファッション性、クレイジーなドラマーの無茶苦茶な行動や演奏スタイルが目を引いたようでしたが、「そんなこたぁ知ったこっちゃ無い」的なこのバンドのベーシストのクールな佇まいと、それに反するかの様なベースの弾き倒しっぷりをヴィデオ等で見た少年時の僕は妙に感動したのです。また、その少年時に雑誌で見た彼のベースコレクションがこれまた圧巻でして、シンプルなフェンダーからなんじゃこりゃな物まで、その趣味の良いのだか悪いのだか解らない加減が、まさにロックスターの負のスターであるな、と感慨深く思ったのでした。

僕がロック・ミュージックを聞き始めた頃。前のコラムにも書いたかも知れませんが、解散してしまったビートルズにまず夢中になって、その後ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランそして、年末のテレビ映画で見たウッド・ストックの出演アーティストなんかを聞いていたのですが、このベーシストのいるバンドもそのフェスに出演していまして、演奏の最後の方で楽器をぶっ壊したりしていたわけです。もうすでにそのバンドがそういったことをする激しい人達ということは知っていたのですが、その映画自体には他にも数多くの魅力的なアーティストが出演しており、特別ショックを受けて寝込むような事はありませんでした。というより、そのアーティストのお約束的な楽器破壊パーフォーマンスを動画で見る事が出来た、ということに喜ぶ程度でした。そしてそのベーシストは、他のメンバーが暴れる最中、ほとんど顔も映らんような状態で寡黙に荒っぽい音を響かせているという....。

その後、それでもそのウッド・ストック・フェスに出演しているアーティストのレコードなんかをやっぱり色々と聞いてみようと思ったり、FMのロック番組のチェックをしているうち、彼らの初期の曲「マイ・ジェネレーション」というのを聞いたのです。まず、曲自体のカッコ良さは勿論だったのですが、当時貯金をはたいて最初のベースを買ったりしていた僕は、3分間のシングル曲の中にベースのソロパートがある、しかも当時としてはかなりの早弾きで音もギラギラしつつぶっとい、というのが驚きでした。その頃はクリームとかも聞いていたので、ベースが好き勝手に目立つという事に関してあまり驚かなかったのですが、クリームの様なジャム要素が高くジャズのコンセプトに近い物では無く、3分間のシングル曲の中に何ゆえベースソロをぶち込むのか?そしてそれがまたカッコイイという事で、一気にこのベーシストに惹きつけられたのです。

その2、3年後に今度は友人から借りたヴィデオ「キッズ・アー・オールライト」というのを見まして、この人がどの様な状態でバンド活動をしていたのかをじっくりと確認したのですが、巨体(たぶん)だったり、おかっぱ頭だったり、立派なもみ上げだったり、似合ってんだかどうだかのヒゲや長髪だったり、とまぁ、謎な不気味キャラだったようです。ちなみに彼がとるヴォーカルもそんなキャラでした。そんな彼の所属するバンドも、イカレポンチながらその独特のスタイルで人気者だったドラマーの死とともに、現役感を失って行き、最近では再結成などをしてもなんだかちょっと寂しい雰囲気が漂っているというか、すでに走り終わっているという感じがしたものです。

それでも彼は現役で頑張っていたのでしょうし、何かのニュースで彼の動きがあれば注目したりしていたのですが...6月の末にあの世へ旅だってしまいました。ジョン・エントウィッスル、ザ・フーの名ベーシストは今頃、先に行ってしまっていたドラマーのキース・ムーンと一杯やっているのでしょうか。

Nakajo.jpg
想像で書いたジョン・エントウィッスル

もう1人は、非常にシンプルなスタイルで堅実な演奏を聞かせてくれた。といっても僕はこの人の事をあまり多く語れるほど沢山聞いてきた訳では無いのですが。僕がよく聞いたジャズのアルバムで「ジミー・ブラントンに捧ぐ」というものがあるのですが、このアルバムは作曲家でありピアニストであったデューク・エリントンが彼の楽団で演奏した事もある早逝のベーシストのジミー・ブラントンに捧げる為に録音したものです。

ピアノとベースのデュオで演奏されたアルバム中の全ての曲のウッド・ベースの音はふくよかで、その一音一音がピアノと会話するごとく鳴らされており、更に躍動感に溢れています。彼はけっして派手なタイプのジャズベーシストではなく、所謂脅威の馬鹿テクだとか、独自のサウンド、独自のフレーズが売り物とかではなかったと思いますが、その「ボンッ」とか「ブーン」といった1音にウッドベースの全てが凝縮されていたのではないかと。まさにベーシストらしいベーシストだったのではないかと、あらためて感慨に浸る今日この頃。

レイ・ブラウン氏は7月の初頭にお亡くなりになったそうです。彼もまたあっちの世界のジャズの先人達と今頃はジャムセッションの毎日なのでしょうか。
合掌。

そんなわけで、60年代70年代のロックミュージシャンはやっぱりその無茶な生き方や若い頃の無理がたたって毎年何人かが逝ってしまうし、ジャズの黄金世代は寄る年波でこれも毎年何人かは逝ってしまうような21世紀なのでした。寂しいのう。

投稿者 admin : 09:02


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