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Jinshi Ozaki4/4

PCI:そういう意味では、ギタリストとしての方向性がLAに来て10年で固まってきたと言うことでしょうか?

仁司:ええ。今はジャズの仕事がメインですが、今まで自分がやってきたことを一つにまとめた音楽をやっているつもりなんです。 ジャズは即興演奏ですから基本的には何をやってもいい、ごちゃ混ぜにはとっても都合がいい、要するにスタンダード等をやってもジャズギターとしてだけの演奏ではなく、自分の中にあるすべての音楽要素をスタンダードっていうフォーマットの中に当てはめて表現しようと思います。 LAにはLAっぽいミュージシャンがたくさんいるじゃないですか。やっぱり5年間東で身に付けた事を生かして、なんか違うものを表現できたらなと思うんですよ。

PCI:これから活動を楽しみにしています。 さて、有名アーティストとの写真がたくさんありますが、まずこのドアーズのレイ・マンザレクとのお付き合いのきっかけを教えて下さい。

仁司:僕の友達にスティーブっていうサックスプレーヤーがいるんですが、彼のお父さんが歯医者さんでサンタモニカで開業してるんですよ。 そこにドアーズのキーボードのレイが患者で来てたんです。 一世を風靡したドアーズの曲の半分は彼が書いていて、もう億万長者でビバリーヒルズのロデオドライブのど真ん中に家を持ってますよ。 奥さんは日本人なんです。 で、スティーブのお父さんが、「うちの息子サックスをやってて曲も書くんだけど、ちょっと見てやってくれない?」って頼んだんです。 ちょうどその時、僕はスティーブとバンドやっててレイと接触出来ることになったんです。 その後、レイとスティーブと僕のトリオでやることになり、そのうちスティーブが抜けて、レイと僕とのコラボレートでレイのオリジナルなんかをしばらくやってたんです。 で、最近レコード会社からドアーズプロジェクトという話が持ち上がって、レイの曲をまたレコードにしようという話が持ち上がっています。 やるとなれば僕がミュージシャンを集めることになりますね。 

PCI:それは楽しみですね。 実現するといいですね。 次の写真はカーク・ウェイラムとハリウッドボールの楽屋での写真ですね? これは最近のですか?

仁司:そうです。この時は彼と松居慶子さんとラリー・カールトンの3つのバンドが出たんです。2000年の秋の事でした。そういえば以前ラリーカールトンと松居慶子さんと出た時、ラリーカールトンが前座だったことあったんですよ。

PCI:えっ? ラリー・カールトンが前座だったんですか?

仁司:面白い話なんですけど、アメリカの場合レコードの売り上げで単純に順番を決めちゃうんですよ。たまたまその時、慶子さんの方が売れてるって事で簡単に決まっちゃったんです。日本じゃ考えられないじゃなですか。 五木ひろしが中堅歌手の前座する訳ないですよね。(笑) 

PCI:ホント、アメリカならではですよね。 このハリウッドボールの時はどうだったんですか?

仁司:この時は松居慶子、カーク・ウェイラム、ラリー・カールトンの順でした。 あと最近おもしろい話しがあるんです。最初ラリーのサウンドチェックがあったんです。 そして機材のクルーはカークのバンドとみんな一緒だったんで僕も彼等を知っていた、次の僕たちのサウンドチェックの番の時、クルーのサニーさんが、「仁司、ちょっとラリーのギターの音出してくれない?」っていうんです。 ラリーの335ですよ、当時の。 フレットは打ち直してあって、その335を持ってスタッフに頼まれるままに大音量で弾きまくったんですよ。 そしたらラリー・カールトンが、「誰だ、おれのギターを弾いているのは。」って楽屋からすっ飛んで来て、しばらく何も言わずに聴いているんですよ。 

PCI:彼はすぐそばで聴いてたんですか?

仁司:ええ、そばで止めろとも言わず、ずっと聴いているんです。それで調子に乗ってギンギン弾いていたんですよ。 その後、慶子さんのサウンドチェックになったんですが、ラリーは客席でポツンとひとり僕たちのサウンドチェックをずっとそのまま聴いているんですよ。 セットがすべて終わってから、彼が近寄ってきてとってもいい笑顔で肩叩いてくれたんです。 うわさでは気難しい人と聞いていたのでそれ以来印象が変わりました。

PCI:それは良かったですね。以前にもラリーとの接触はあったんですか? 

仁司:ニッサンパビリオンっていう大きな野外ステージがオークランド付近にあるんですけど、2年ほど前にそこで、ラリー・カールトン、リー・リトナーと出演したんです。 順番はラリー・カールトンが最初で、次が僕たち松居慶子バンド、とりがリー・リトナーだったんです。 高校時代LAフュージョンが好きで2人のギタリストには憧れていましたから、その人達と同じ時に同じステージに立てるのは夢の様なことでした。 松居慶子バンドにいる事で、いろんな有名ミュージシャン達と出会う機会に恵まれています。 他にもデビッドサンボーンバンドやジョージベンソンにもこのギグを通じて知り合いになりました。

PCI:松居慶子さんはアメリカではすごいんですね。 次の写真はビル・パーキンス・カルテットですね?

仁司:そうです。これはボーダーカフェっていうサウザンドオークスでのGIGの写真で、ここには毎月出てるんですよ。 

PCI:ビル・パーキンスとはもう長いお付き合いなんですか?

仁司:ビルとはもう3年ぐらいの付き合いになります。 ビルっていう人はマイルス・デイビスとかコルト・レーンとかと一緒にジャズカレンダーに載ってる人で、もう76才の大御所です。ガンの手術をもう3回ぐらいしてるのにまだあきらめずに現役ミュージシャンです。たぶん死ぬまでサックスを吹き続けるんだと思います。

PCI:すごいパワーですね。 毎月GIGを続けるのは大変なことだと思います。

仁司:それからビルは超いい人なんです。 あんないい人知らないですね。自分にはすごく厳しいのに、他人には本当に優しいんです。 彼は誰も文句を付けられない独自のスタイルを持った伝説のサックスプレーヤーなんですけど、僕の様な若いミュージシャンを認めてくれて、自分が下になれる様な人なんです。とにかく僕はビルとやる度、毎回勉強になりますよ。 ミュージシャンとしてはもちろんの事、人間としていつも彼の深さに感銘します。 今彼と二人でサックスとギターによるデュエットのアルバムを創ろうと話してるんです。 彼は、「俺はもうそんなに長生き出来ないから、仁司早く進めてくれないと俺死んじゃうよ。」って言われてるで是非近い内に実現させたいですね。

PCI:実現するといいですね。次の写真、これはラスベガスですか?

仁司:そう、それはラスベガスのパレス・ステーションていうカジノで定期的にやっているジャズステージの時の写真です。慶子さんのバンドでやった時の写真です。 

PCI:いろいろ行かれてるんですね。次のはSpaghettiniでのバンドですね?

仁司:そうです。これもロン・ブラウンのバンドで、彼は僕にとって父親的な存在でもあってほんとにいいリズムセクションをいつも起用します。 彼のバンドで演奏するのはとっても楽しいですよ。 彼とは何時もあちこちで演奏してるんです。

PCI:そうですか。ロン・ブラウンから多くのミュージシャンにネットワーク繋がっていったんですね。 聞くところによると、マイケル・ランドーともお知り合いとのことですがきっかけは何だったんですか?

仁司:知り合いと言うか、ただ一度ベイクドポテトで、ライブやってる時に終わりの方に店へ彼が見に来たんです。 彼のバンドのドラムのトス・パノスと僕の友達でもあるギタリストのジミー・メイルスと3人で。 終わってから俺達これから飲みに行くけどお前も来いよって誘われたんです。皆遅かったんで帰っちゃって、結局、僕とマイケル・ランドーと2人でトス・パノスの家へ行って朝まで3人で飲んでました。 凄いですよね、彼等のパワーは。 めちゃくちゃ酔っ払ってたけど楽しかったですよ。 あのLAでトップのスーパーセッションギタリスト、マイケル・ランドーですが、全然きばりとか無いんです。 特に彼は酔っ払うとおもしろい。 何でもありですから(笑)

PCI:今度是非ご一緒させて下さい。 最後になりましたが、最近TV出演も決まったそうですね。
どういう番組に出演されるんですか?

仁司:Commedy Central(ケーブルTV)の Chris Wylde Showっていうトークショーです。 
24才の若いコメディアンがホストで毎週著名ゲストを呼んでしゃべるという番組で、そこのハウスバンドのギターをしています。 8月5日から毎週日曜日の夜11:30から12:00AMまでやっているので是非観てみて下さい。 もう10本分撮りましたよ。

PCI: 楽しみですね。 是非見ます。 今日は長い間本当に有り難うございました。  最後に最近ご結婚された愛妻の為に創られたという”At first light”(MP3 2.1MB) という曲をここで紹介させて頂くことにします。
仁司さんのご自宅にて
2001年6月


Chris Wylde Showのゲスト で来ていたコリー・フェルドマンと