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2009年5月 5日

第31回 スタジオとプロデューサーについて

おっと、うっかりしていたら前回から2ヶ月も空いてしまいました。 申し訳ない。

この間Marc Gunnというアイルランド民謡のフォークアーティストのアルバムをプロデュースしてました。 といっても彼はニューオーリンズ在住なので、彼がスタジオで録音したヴォーカルとオートハープに、僕が他の楽器を肉付けするという作業です。彼とは僕がテキサス州オースティンに住んでいたときに仕事し始めたのがきっかけで、僕はその後ミネソタ州へ、彼はルイジアナ州へ引っ越したんですが、テクノロジーのおかげでこんな風に仕事ができるんです。

「プロデューサー」というとかなり仰々しい肩書きなんですが、実は業界でもプロデューサーという人の実際にやる仕事はかなりまちまち。 基本的には録音の現場の監督みたいな感じで、アーティスト、ミュージシャン、エンジニアなどの指揮をするんですが、こっちの業界ではあんまり編曲者というのはみかけないので、アレンジも(オーケストラとか以外は)大抵はプロデューサーがやります。 僕なんかはギターの他ベース、キーボード、ドラムのシークエンス、バッキングヴォーカルと一通りできるので、セッションに他のミュージシャンを雇う必要がない他、アレンジなんかもじっくりと練れる(セッションの時はほぼ即興状態なので)のが売りで、主にシンガーソングライターとの仕事が主体になります。

でもインディーレベルの予算ではたいていプロデューサーとエンジニアと同一人物なことが多く(というか厳密にはプロデューサーがいない)大抵はエンジニアの人が自分はプロデューサーもやるというんですが、アレンジとかパフォーマンスに関するコーチングもしつつ、なおかつエンジニアもというのは至難の業ですから、いい音質の録音ができてもかんじんの音楽の方が練り不足なことが多い。 これがインディーのレコーディングの現実といえますね。

最近ミネアポリス周辺のスタジオのエンジニアと数人会って話をしたんですが、この不況でスタジオ業界もかなり大変なようです。 ホームスタジオの普及により猫も杓子も自分で録音するようになり、スタジオなんかに金をかけなくてもいいという風潮ですね。 自分もホームスタジオで試行錯誤しながら階段を上がってきた人間なのでこの時代の流れ自体にはむしろ感謝したいくらいですが、しかしスタジオを持ってる人たちは大変!  下等競争がものすごく激しいんですが、どこのスタジオもただ機材や部屋の写真をとるだけで選ぶ方、とくにある程度の専門知識がない人たちにはどこがいいんだが全く判断しにくいことが多いです。

そんな中、不況にも関わらず成功している人たちもいます。 例えばミネアポリスで今売れっ子のMatt Patrickというプロデューサーがいますが、彼はスタジオも持ってるんですが、彼と仕事をする人は彼と仕事したいんですね。 彼のスタジオが目当てなんではなくて、彼本人が目当てなんです。 

早い話が、スタジオというのは機材とその使い方のノウハウを提供するサービスであり、まあ多かれ少なかれお金をたくさん払えば払うほどよいところが使えるわけです。 ので、スタジオの方は少しでも顧客しようとかなり値段を下げなければならず、挙げ句の果てには仕事があっても利益が少なすぎて駄目になる、ということもあるようです。 

逆に上のPatrick氏の違うところは、彼の売りは機材でなくて、彼本人であるということ。 彼は僕の数歩前をいくお手本なんですが、やはり同じように幾つもの楽器をこなし、主にシンガーソングライターのためにスタジオで曲のアレンジ、演奏をしてしまうんです。 その評判がいいので、彼と仕事をすればいいアルバムができるとアーティストが集まってくるんですね。 

アーティストのプロモーションでも同じことがいえますが、これだけの数のアーティスト、もしくはスタジオがある中で、人に気付いてもらうためには、ただ「いい音楽だ」というだけではなくて、あえて「自分はメロディックパンクだ」とか「うちのスタジオはヒップホップ専門」とかある程度焦点を絞った方がいいわけです。 ヒップホップ専門のスタジオになれば、フォークのアーティストは近寄らないでしょうが、しかしヒップホップのアーティスト達からは「俺たちのスタジオ」という風に見られるでしょう。

ただ漠然と「音楽をやる」というんでは駄目な時代なんではないでしょうか。 生き延びるためにはもっと工夫をしなければ。 

投稿者 ari : 2009年5月 5日 13:51