Kenji Nakaiインタビュー

<トムスコットを始めとする日米の有名アーティスト、プロデューサーと共に、次々と優れた作品を世に送り出しロスで注目を浴びているレコーディングエンジニア、Kenji Nakaiさん。 本日は、ハリウッドのスタジオでお仕事中に、時間を少々取って頂きおもしろい話をお聞きしました。>

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PCI:今日はお忙しい所ありがとうございます。 ナカイさんは最初からロスでこの仕事をスタートされたんですか?

Nakai:いいえ、レコーディングエンジニアとして日本で6年やって、その後ロサンゼルスに来て10年になります。 

PCI:日本ではどんな音楽をやられてたんですか?

Nakai:スタジオに勤めてましたので、来た物は何でもやらなきゃいけないという状況でしたが、結構ロック系が多かったです。 桑名さんの曲なんかよくやりました。 その他、ソニーの仕事が多かったんで、出たばっかりのブームとかプリプリとかのセッションも参加しました。 ユニコーンの初期の作品にも参加しましたが、奥田タミオはその頃からすごい頭角を表していましたね。 丁度85年の頃ですかね。 

PCI:どうしてアメリカに来ることになったんですか?

Nakai:アメリカへ来た理由は色々ありますが、小さい頃から仕事に関係なく、アメリカに憧れてたっていうのもあります。 あと、この仕事始めて、ミュージシャンでもプロデューサーでもそうでしょうけど、自分の好きな音楽やって、こういうもの作りたいとこの世界入るじゃないですか。 で、入って仕事し始めると、実際どういうことが行なわれてるか、もしくはどういう音楽が作られているのか見えてくるんです。 その頃80年代の半ばって、日本はもろ洋楽のコピーの真っただ中で、しかも80年代の初期にMIDIが出て、その頃いわゆる「打ち込み」っていう生の楽器を使わない音楽がどんどん出てきてました。 そういう製作のスタイルとか作品のカラーとかが全然納得できなくって、だんだんつまらなくなってきたんです。 それと同時に、僕が業界入ってやりたかった事っていうのは、今考えてみると大半がアメリカ産だったんですね。 たとえば、僕はザ•バンドとかリトルフィートとかレイナードスキナードとかが大好きですし、それからリンダロンシュタット、イーグルス、ジェームズテイラーとかちょっとR&Bかかってる系の重めのやつが好きだったんです。 それから、これは僕の個人的な性格なんですが、やり始めるとのめり込む方なので、どうせやるんだったら自分のやりたい音楽がここアメリカにある、そして自分はそういう音楽を作れる立場になりつつある。 じゃー目指すは世界一だって思って。 もしくは勉強するんだったら、世界一の場所でやった方が自分が優秀じゃなくてもそれだけ競争が激しいから、生き残るためにはだんだんそのレベルまでアベレージが上がって行くのかなっていう思いもありました。 

PCI:で、何か、つてとかスポンサーがロスにみえたんですか?

Nakai:何もなかったんです。 厳密に言うと、友達が一人ロスいました。 今でもすごい親友なんですけど。 エンジニアで同業者なんです。 僕がアメリカに来る前に、彼が1回日本に来たんですよ。 僕が勤めてたスタジオに来て、彼のアシスタントをして、それから仲良くなったんです。 ちょうど88年の頃ですね。 アメリカに行くぞと思い始めてた頃でした。 でも、お金もかかるし、現実問題として英語もしゃべれない。 これは何とかしなけりゃと。 日本ってレコーディングセッションは午後1時から始まるんです。 そして夜の2時、3時までっていうのが通 常なんです。 午前中にちょっと時間があるので、英会話の学校に行き始めたんです。 週に3回。 で、ちょっとづつ勉強してお金を貯めて、かつ自分の技術を磨きつつ結構同時進行で頑張り、90年にアメリカに来たんです。 2000年の10月で、ロスに来て丸10年になります。 

 

PCI:この10年色んなことがあったと思いますけど、最初はなにが一番大変でしたか?

Nakai:最初は仕事が全くないというか、就労ビザがないので法的にも仕事が出来なかったんです。 それと実際言葉の障害っていうのがあるし。 う〜ん、でも、あんまり苦労しても忘れちゃうんで(笑)

PCI:仕事がちゃんとできる様になるまでどれぐらいかかったんですか?

Nakai:え〜と、3年くらいですかねぇ〜 運がよくて、グリーンカードが2年で取れたんですよ。 取れてすぐスタジオで仕事始めたんですが、やっぱり英語の問題もあったし、英語で音楽の用語とか音楽製作の会話ができる様にならなくっちゃと、一時仕事をやめ、半年間くらい大学に通 ったんです。 そこでいわゆる英語で音楽理論とかディクテーション、ソルフェージュの勉強とかさせられて、結構ヘビーでしたけど周り全部ミュージシャンとか専門の人達ですから、すごい勉強になりました。 

PCI:アメリカでの初仕事はどんな仕事だったんですか? アメリカの会社から始めてギャラをもらった仕事は?

Nakai:それは「オーシャンウェイ」っていうスタジオのアシスタントの仕事でした。 「オーシャンウェイ」っていう世界でも有名なスタジオがあるんですね、サンセット通 りに。 そこでアシスタントの仕事をやって、最初にもらった給料のチェックが千何ドルで、うちにコピー取って飾ってますけど(笑)。 

PCI:それはこちらにこられて3年経ってからですよね。 しばらくオーシャンウェイでアシスタントとして働かれた後、どの様にメインの仕事が来るようになったんですか? 

Nakai:最初にエンジニアとして認めてくれたのは、トムスコットでした。 僕はあるアルバムで彼のアルバムのミキシングのアシスタントをやってたんです。 で、それが終わって1週間後ぐらいになぜかトムスコットから僕に直接電話があって、「アルバムでもう1曲録音して追加しなくちゃいけないけど、やってくれないか?」って頼まれたんです。 それがいわゆるエンジニアとしての最初の仕事でした。 

PCI:アシスタントであったナカイさんの仕事を見て、トムスコットは何か引かれる物を感じたんでしょうか?

Nakai:そうでしょうかね。 「KenjiはアシスタントとしてはOver-qualifiedだ。 こんな仕事やってる人間じゃないよ!」とは言ってましたね。 確かにもう6年間日本でやってましたから。 で、東京で仕事やってたんで、早いんですよ、仕事が。 正確ですし。 最初は言葉の問題が大きかったんですが、それが解消されて行くにつれて、仕事が増えていったって感じですね。 

PCI:そして最初に認めてくれたミュージシャンが、トムスコットだったんですね?

Nakai:そうです。 その後もいつもミュージシャンに認めてもらえるってことが多いです。 

PCI:それはミュージシャンに好かれる音を作っているからでしょうか? それかミュージシャンが一緒にやりやすいからか?

Nakai:う〜ん、ミュージシャンっぽいとは言えないにしても、何ていうかなぁ〜 あんまり仕事仕事しないんですよ。 楽しんでやるんですよ。 だからたぶんそういうのって伝わるじゃないですか?

PCI:さっき見せて頂いた最新のディスコグラフィーによると、日米の有名アーティストの名前が目白押しですが、仕事の比率としては今アメリカと日本とではどれくらいですか?

Nakai:最近日本の仕事が増えてきて、1割は日本で、9割はアメリカの仕事です。 つい最近までは10割はアメリカの仕事でしたから、日本の仕事がずいぶん増えたかなという感じです。 

PCI:アメリカでこれだけ認められているっていう実績が、やっと日本でも理解されてきているという所でしょうか?

Nakai:それはあるでしょうね。 それはこれからっていう感じもありますね。 それとやっぱり、昔からあるんですけど、日本人の逆差別 ってのが。 青い目をしてブロンドで、英語しゃべったらそれだけで音がいいと勘違いする人たちとか、ものすごく一杯いますから。 よく冗談で友達と話してて、僕の場合、日本で6年やって、こっちで10年ですよね。 英語で言うとAmerican EngineerなのかJapanese Engineerなのかって。 僕のスタイルはもうやっぱりアメリカンスタイルの方が断然強いし、いい悪いは置いといて、日本では僕みたいな傾向の音出す人っていないと思うんですよ。

PCI:アメリカのエンジニアのスタイルと日本のスタイルとの大きな違いはなんでしょうか?

Nakai:日本の人達は、きれいな音で作るんですよね。 こっちの人たちはかっこいい音にしてますよね。 

PCI:日本ではこじんまり、きれいにまとめるってのが多いんですかねぇ〜?

Nakai:とにかくきれいなんですよ。 それこそ屏風絵の様なミックスをするんですよ、日本の人達は。 すごい繊細だし、それぞれの音の粒立ちもはっきりしてるし、クリアーなんだけども、やっぱり屏風絵の様に、奥行き感がないんですよ。 こっちの連中はそんなに細かいことを気にしなかったりするんですよ。 ただ、奥行き感があったり、質感はあるんですよね。 

PCI:ミュージシャンの演奏でもそういうことが言えるんじゃないんですか? 使う器材をものすごく気にする割りには、出て来る音はこれかい?ってな感じで。 アメリカ人ってしょうもない器材でもドーンって出てくることってあるでしょ?

Nakai:結局ね、それは特に最近だと思うんですけど、クラブシーンの影響だと思うんですよ。 アメリカっていまだにPAも何もない様なクラブで、マイケルランドーが、演奏するなんてことあるわけですよ。 スティーブルカサーがギター一本でフェンダーのアンプだけでやるとか。 歌を歌う連中なんてモニターなんて無しで歌いまくってるんですよ。 みんなそういう所でやって、有名になっちゃえば別 ですけど、その直前まではそれをずっと続けるわけですよ。 それが生活の糧ですから。 だから、そういう所にいると、あんまり細かいことを気にしなくなりますよね。 

PCI:どんな状況でも、自分の音をパっと出せる様にならなくちゃダメなんですね。 アメリカのレコーディングエンジニアとしては、細かいことよりも最終的に出てくる音がアーティストと共鳴することが重要ということですかね。 トムスコットもそういう部分でKenjiさんを気に入ったんでしょうか?

Nakai:トムスコットに関してはよく判んないんですけど、僕はよくミュージシャンに「音色や音質は僕がいるんだから、そんなに気にしなくてもいいよ。それよりも、かっこいい演奏が残せるように頑張ってね。」て言うんですよ。 ただそこには、僕がいれば少なくともアベレージ以上の音は残るっていう確信の上で言ってるんですけどね。

PCI:音質がいくら良くってもこっちに伝わってくる物がないと意味ないですよね。

Nakai:その通りです。音じゃなくて、そこにある音楽を聴くんですよね。

PCI:トムスコットとの仕事でできた音楽を聴いて、Kenjiさんの仕事がどんどんみんなに認められて行ったんですよね?

Nakai:じゃないですね。 一番よかったって言うか、広がるきっかけになったのは3年くらい前に自分で新人アーティストをプロデュースしたんです。 その時に、色んなミュージシャンと知り合いになり、誰かに手伝ってくれと頼まれ、そこへ行くとまた新しいミュージシャンに会うということの繰り返しで、仕事が広がって行ったんですよ。 

PCI:今までの仕事で一番印象に残ったミュージシャンとか、エピソードを教えて頂けますか?

Nakai:トムペティーのワイルドフラワーっていう5から6ミリオン売れたアルバムのレコーディングのアシスタントについてて、スタジオに60ピースのオーケストラを入れてやったんです。 ストリングスを録る専門のエンジニアがいるんですよ。 そういう人達って、録るのは上手いんですけど、意外と音楽をパっと把握するのに時間がかかることが多いんです。 そういう人達と一緒にミックスして仕上げるっていうプロセスは大変面 白かったですよね。 

PCI:それだけの大掛かりなレコーディングをやるっていうケースはあまりないですね。 

Nakai:普段僕が仕事してるスタジオではあんまりないですけど、例えば、キャピタルレコードとかオーシャンウェイでもやるし、TAD-A-Oっていうスタジオシティーにあるスタジオでは大掛かりなのをよくやります。 ここではほとんどの、たぶん90%を越えるメージャーな映画のサウンドトラック作ってるんですよ。 それと、話変わって、その前の仕事で面 白かった仕事があります。チープトリックのレコーディングです。 プロデューサーがテッドテンプルマンだったんです。 彼は昔からドゥービーブラザーズとかバンヘレンとかアメリカンロック系プロデューサーの大御所なんですけど、彼との仕事はおもしろかったですね。 チープトリックもおじさん達なんで、子供相手にやってる訳じゃないんで、それを踏まえた上で、自分のやり方で頑固にやるっていう姿勢が。 印象に残っているのが、エンジニアが適当にドラムの周りにマイクセットして出した音がたまたまそれなりに良かった時、彼が「よしこれでやろう。」てことになったんです。 その後エンジニアが、 いつもの通 りマイクを動かし始めたら、怒鳴り始めたんですよ。 今いい音出てるんだから触るなってね。 マイクのセット変えたら良くなるかもしれないけど、せっかく今いい音出てるのが良くならないかもしれないって。 この音がいいんだ。 ここに置くべきマイクじゃないマイクがあってもいいから、出てくる音がいいんだからって。

PCI:なるほど。 そういうアメリカのスタジオでの仕事に慣れてくると、日本での仕事に違和感はありませんか?

Nakai:それは無いですよ。 僕日本で仕事するの好きですから。 スタジオのアシスタントの人達は優秀だし、スタジオはきれいだし、器材は壊れてないし、やっぱいいですよ。 ちょっとモニター環境がちょっと違うのが残念ですけども。 欲を言えば、今僕が使っているスピーカーを持ち運びできれば有り難いんですけど、ちょっとでかいんで。 日本に無いんですよ、1台位 しか。 

PCI:器材って日本とこちら比較するとどうなんですか? 10年位 前は、日本のがいい器材持ってるんだけど、いい音録れない、こっちはぼろい器材なんだけど、いい音録れるねって聞いたことあるんですけど。

Nakai:なるほどね。 今は、変わんないかもしれないですけど、日本のスタジオの方がデジタル系の器材が多いですね。 アナログ系の器材は日本では少なくなりましたね。 でも、今回の仕事でもそうですけど、音源が日本だからっていって仕事がやりにくいって事は全くありませんよ。

ただ、まあこれは愚痴になっちゃうかもしれませんけれども、いわゆる、マニピュレーターもしくは、プログラマーと呼ばれている人達が、音楽の勉強をあまりせずに、アレンジャーとかプロデューサーになっているってのが最近多いですね。 それはそれで全然いいんですけど、その方法論よりも、多くの結果 論が、「すごくつまんないアレンジ」なんですよ。 それは一緒にやっててつまんないですね。 燃えてこないんですよ。 例えば生だったら、みんなそれぞれ聴きながら、お互いに影響しながらやっていくから、こうやって座っていると、ここでベースがちょろちょろって演ったり、ギターがちょろちょろって演ったりするのを、こう漏らさずに聴きながらミックスしていくってのは結構楽しいですよね。 そうすると、こうダイナミクスが出てきて。 おんなじキーボードが、がーんがーんがーんって入ってくるだけだと、やりようが無いんで、つまんないですよね。

PCI:器材についてもデジタル機器が氾濫する現在、逆にアナログ機器を使用して音の違いを出そうとする動きもあるのでは無いですか?

Nakai:それはもちろんありますね。 最近は日本でも多くなったみたいですけど、エンジニアの人が器材を持ち歩くっていうのは当たり前の事だと思うんですね。 確かに車が無いと大変なんですけど。 アメリカでも皆がそうしている訳ではありませんけど。

PCI:こだわるエンジニアは自分の器材を持ち歩く訳ですね?

Nakai:ええ。で、やっぱりそうしてる人間に仕事が来るっていう感じですね。 

PCI:器材についてですが、どんどんデジタル化が進む中、真空管のアンプや器材など暖かいサウンドをキープする為といううたい文句で販売されていますが、これらは残っていくと思われますか?

Nakai:他と違っていれば。 クオリティーがある程度まで達していて、あとはテイストで選択できるっていうレベルまで達していれば、残れますね。 音色とか耐久性とかスタジオを使う場合の最低の条件をクリアして、かつ特徴が出せるかってことですね。 僕はビンテージとかあまり興味は無いですが、音がいいものはいいと評価しますよ。 真空管のサウンドはひずみ始めた時の感じってのはいいですからね。 

PCI:近いうちにご自身のスタジオを作られるっていうお話をお聞きしましたが?

Nakai:正確には僕が仕事しているあるレコード・レーベルのスタジオで、そのシステムデザインと管理をしていく予定なんです。 まだ場所は最終決定してないんですが、ロスにでかいだだっぴろい家を買って、そこに作っちゃおうっていう計画です。 できたら案内しますのでぜひいらして下さい。

PCI:有り難うございます。 お忙しい中、今日は有り難うございました。

2000年12月28日

場所:ハリウッドのレコーディングスタジオ、「RUSK SOUND STUDIO」にて

インタビュアー:PCI 堀場/三浦

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